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同じ空の下で

 「幾ら探しても、いないものはいねぇんだよ」
 タクシー運転手がドラマツルギーに逆らう事なく声を荒げた。まぁ、無理もない。酔客の戯言。寂れたシャッターを堅く閉ざした25時の商店街。
 電信柱、時代遅れの街灯、仄かな灯りが淡く黄色の円錐を描いている。そのライムライトの中に幼い少女が立っていたんだ、と酔客である僕が告げた。
 今の御時世、何が起きているか、わかりやしない。場合によっては警察に通報しようかなんて思った。
 タクシーを止め、降りた僕と運転手が光の隙間に潜む闇を見つけては声を掛ける。大丈夫かぁ、とか、出ておいで、なんて声を掛け続けた。
 探しても声を掛けても何の反応もない闇。運転手は腕時計を気にしている。そして僕が警察に通報しようかと携帯電話を取り出すと運転手は怒りをあらわにした。
 その剣幕に押された僕もアルコールがもたらした幻覚なのかと思い始め、やがて承諾するしかなかった。
 夜は長い。今夜の客は僕だけではないのだから。
 「お客さん、この道、帰りにも通ると思うから探してみるよ」
 タクシー運転手、ばつが悪いのか不器用な優しさ。僕は遠くで汽笛を聞くような面持ちでドアの冷たいガラス窓に顔をよせ押しつける。
 夜は冷たい。窓の外は底知れぬ闇が洞窟のように拡がっており、あちこちに見える灯りは名も無き探検隊がかざすマグライトのように心細かった。
 
 タクシーがひっそりとした商店街を抜けると懐かしい中学校、グランドの横道にさしかかった。誰も知らない放課後が待ちわびるように存在している。
 まぶたを閉じると、泉の底の小石ような記憶がゆらめいていた。そして波紋を拡げながら音もたてずに浮かび上がる。
 青空の下、太陽光にきらめいているたくさんの笑顔。音楽室の片隅に忘れられたリコーダー。校舎の屋上では吹奏楽部の演奏、あまり上手とは思えなかったな。そんな淡い独り思案の森の中、巨大な鉄扉を感じる。扉は開かれることを拒むかのように佇んでいた。
 いつものように扉を開ける事なく、まぶたを開く。息を潜めている校舎が人知の及ばぬ地球外生命体、モノリスの雰囲気を漂わせていた。
 気づけばホタルのような淡く小さな光がグランドの中央を舞っている。その光は徐々に膨らみ始めヒトの輪郭を描き始めた。
 「車を止めてくれ」
 運転手と僕は急いで窓ガラスを下げグランドの光を見つめる。
 蒼く仄かな光の輪郭が幼い少女、幾ら探しても見つからなかった少女を描く。少女は僕らにお辞儀をする。ほっそりとした右腕を天へと伸ばし、くるりと左手でつまんだスカートをなびかせながら廻る。そのたびに少女から大人への成長を遂げていく。
 開かずの扉が今、開かれようとしていた。
 開きかけた扉の向こう側から辛くせつない記憶が波のように押し寄せる。昔ほど澄んじゃいない僕の瞳にも光が宿り、何かで滲み始める。
 尋常ではない驚き。カザフ共和国バイコヌール宇宙基地からスプートニク2号にて打ち上げられたロシアンライカ犬、クドリャフカが小さな丸窓から見たであろう青く澄んだ地球のように感じているのだろうか。彼女、クドリャフカは宇宙船内の灼熱と劇的なストレスにて数時間後、宇宙よりも遠い空の下へと旅立ち、銀色の棺は地球を2570周したあと、大気圏に突入し燃え尽きた。
 今の僕が感じる事、彼女は地上の誰かに逢いたくて、そして地上の誰かも逢いたくて、その想いが未知なる力となりスプートニク2号を破壊したのではないのだろうかと。

 「お客さん、とにかくここを離れよう。窓を閉めて! 」 タクシー運転手の声が震えている。
 「ここで降ろしてくれ。僕の妹なんだ」 車から降りグランドわきのフェンスをよじ登る。フェンスのてっぺんから転がり落ちる。
 這いつくばりながらも急いで立ち上がり全力疾走で光をめざす。
 逢えるのならば、何でも良いんだ。逢えることがとてもうれしい。

 同じ空の下で
 

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コメント

宇津木さん、こちらこそ、はじめまして、です。
読んでいただき、身に余る言葉、ひたすら感謝!!です。
SFは大好きですね。DVDをレンタルしたりSF小説を、たまぁにですが読んでいました。テレビでは『Xファイル』という米国の番組が好きだったので、その影響があるかな? 
『ペンギンフェスタ』へと参加させていただき、少しずつでありますが人の輪みたいなものが拡がっていくなぁと感じています。ちょっとマイペースなんですが、みなさんのところへとお邪魔したりとかしていきますので宜しくお願いします。

投稿: zenigon | 2007年6月 5日 (火) 06時55分

はじめまして!
宇津木と申します。
ペンギンフェスタの協賛作品ということで、読ませていただきました。

zenigon様はSF好きですか?
校舎をモノリスなんて表現されるところから薄々そう思ってはいたのですが、まさかクドリャフカがでるとは!
実は私自身がSF好きで、クドリャフカのエピソードに涙したことがありましたので、今回のお話とても興味深く読ませていただきました。
そうですよね、帰りたかったですよねクドリャフカ。
彼女の想いがこうして地上に戻って来れた事が、一番嬉しいです。
幻想的な(一歩間違えばホラーになりそうな)情景の中、少女の形を取る光と、それを必死に追いかける主人公が切なくて、いとおしかったです。
素敵な物語を、どうもありがとうございました。

投稿: 宇津木 | 2007年6月 4日 (月) 23時58分

 たまごさん、おはようございます。
 読んでいただき、うれしいなぁ、なんて感謝しきりです。僕といえば、相変わらずバタバタとしています。

 あぁっと、わかりにくかったですよね。確かに。僕なんかも、本質的には知らないのに、さも自分の知識のようにふるまうというヘンテコリンな見栄らしきがあったようです。(^^;)
 およそ50年ぐらい前、米国とソヴィエト連邦(現在のロシアですね)の宇宙開発といいますか巨大な見栄の張りあいがありました。その頃の目標は人工衛星やヒトを宇宙空間に送り出し、ヒトならば地上に連れ戻す、というものなんです。もちろん、生きたままですね。
 ソヴィエト連邦は、宇宙空間に生物を送り込んだ時、どのような反応を示すか、なんて残酷な実験を計画し、実行しました。
 その対象に選ばれたのがロシアンライカ犬、クドリャフカです。クドリャフカというのは、ロシア語で巻き毛ちゃんというような愛称のようです。おそらく、研究者の中にも心を痛めたヒトはたくさんいたと思いますが。
 1957年10月、ソヴィエト連邦はカザフ共和国にあるバイコヌール宇宙基地から世界初の人工衛星『スプートニク1号』の打ち上げに成功し、その数日後、生物を乗せた人工衛星『スプートニク2号』の打ち上げ、つまり何も知らないロシアンライカ犬『クドリャフカ』がシートに固定され、宇宙空間へと送り出されました。青く澄んだ地球を外側から眺めた最初の生物ですね。しかし、宇宙船内は灼熱であり、クドリャフカの心臓の鼓動は平常時の3倍以上を記録しました。つまり強烈なストレスです。そして数時間後宇宙空間よりも遠い空の下へと旅立ちました。
 うわぁっと長々とすいません。それでは、またですね。

投稿: zenigon | 2007年3月16日 (金) 06時53分

「おいしいごはん」を連想させますねぇ。
これはこれで、幻像的な部分もあって、映像が見えてきそうな感覚がよかったです。


ただ、私がアホなんで理解しえない部分があり、あぁ、モノ知らずな人間だなぁって思いました(笑)
カタカナの部分です。スプートニクだとか、ロシアンライカ犬、クドリャフカとか知識不足で・・・・あはは。
そんなことは無視しちゃってください。私が知らなかっただけなんで。

投稿: たまご | 2007年3月15日 (木) 11時31分

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