アジアン・リポート (かな?)

   月曜日の夜十時過ぎ(日本時間は午前1時半)、インド、ニューデリー空港に到着、機内からタラップを降りながらも、気温40℃超、砂塵が舞うなかで、『 違う惑星に来ちゃったかなぁ 』と思いました。まぁ、暑い国で弱ります(^^;)。  商社の方から依頼されたタクシーの運転手が来ているよ、と聞いていたのですが出国ロビーを抜けると、50人は超えるだろうピックアップの方々が大声で名前を呼んでいまして、さながら、『 ウォーリィを探せ 』的なゲーム展開でしたが、なんとか見つけることができて、オールドデリーのホテルまで送っていただきました。  清潔、で、お洒落なホテルで安心しながらも、部屋のスイッチを入れたり切ったりしながら点検していました。(たまに停電があり、いきなり暗闇に放り込まれるときもまありましたが……)あるスイッチを入りにすると、天井のシーリングファンが鈍い音をたてながら加速していき、危ないなぁと思えるほどの高速回転、でも冷房が撹拌されないと暑いし、慣れるしかありません。 なんとなく寝入ったところで天井ファンに襲われるような……  なんて思いながらも、すぐ寝てしまいました。  翌朝、窓の内側の木戸を開け外を眺めたのですが、建設途中なのか解体途中なのか、よくわからない建物に囲まれていて、さながらスカッドミサイルを撃ち込まれた街のなかみたいで、ちょっとおどろきました。  昨日から仕事なんですが、日なたで47℃、屋内で42℃。大量の水分補給、たまに塩、タブソルトを服用しながらでしたが、まぁ、なんとかなるかなぁと思っています。  燃えるような夏に飛び込んだようですが、暑ければ自らが風になる、なぁんて感じで、あまり無理せずがんばろうかなぁと思います。まぁ、選択肢は限られているんですけどね(^^;)。

いろんな写真

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逃亡

 たしか、そのときは十代半ばで、なんの変哲もない昼さがりの中央公園、五月にふさわしい緑の匂いたつベンチのそばで、僕と彼女はキスをした。
 彼女のほっそりとした身体、今にも壊れそうな肩の感触を手のひらの内側で確かめながら、オトナたちであろう蔑みの視線を感じながら、僕らはキスを続けた。
 なにか大切なことを想いだそうとしても、想いだせないため息のような白い雲、小さな雲が青空に幾つも浮かんでいた。
 その空の下、ふわふわとした空気のような時間が流れて、眩暈を感じていた。
 淡いときめきが85パーセント、残り15パーセントは、彼女が常用していた有機溶剤。もちろん、この数値は適当だ。ただの思いつき、あまりにもせつない思いつきだな。
 そして、禁じられた遊びが終わり僕らの唇が離れても、透明な糸が僕らの唇を結んでいた。
 それがゆるやかな円弧を描き、中央に透きとおる線香花火のように雫が膨らんで、自らの重きに耐えられず弾けたか思うと、ぎらぎらと光る涙となり落下した。


 ガルシア・ロルカの言葉を引用すれば、何だろう? 
 『 警察隊の皆さん、
   ここで起こったのはいつもの事ですよ
   四人のローマ人と
   五人のカルタゴ人が死にました 』


 彼女とは最初で最後のキスを交わしてから、言葉もなく離れてから、千を超える夜が過ぎて十代が終わりかけたある日のこと、彼女から電話があった。
 結婚して幸せになるの、なんて弾んだ声で話していた。僕は乾いた声で、良かったじゃない、なんて答えた。
 ところで、彼女の名前は何だったのだろうか。
 想いだせない。
 

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海沿いの道

 昨日なんですが石川県金沢への移動時、千里浜なぎさドライブウェイを通ってみました。あいにくの曇り空でしたが、心地良い道でした。  これから帰ります。伊豆こへ……(^^;)  夕方には着くかな。

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風は南から

 春! ということで、あちらこちらと暖かく、といいますか暑くてTシャツでもOKの一日でした。今月の13日からミシガン州デトロイトに来ているのですが、陽気とはうらはら、景気はブリザードのようで……(言葉にできない)
 ニュースでは、メキシコからの豚インフルエンザが北上、メキシコ、米国、カナダの三カ国で感染が確認されており、なるべく人混みを避け警戒しています。もしかすると帰国しても、成田空港の検疫で足止めの可能性も否定できないですね。
 というわけで、日曜日とはいえ出掛けず、ま、写真の整理、で、デジブックなるものを作ってみました。個人的ですが、MACの方でも見ることができないと意味ないのですが……

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この空が高すぎて

 どうして彼女の存在がこれほどまでに、僕をとらえるのだろうか。
彼女の、黒い目に宿る光は冷たい。誰にも届かない手紙を心のどこかに隠したまま、生活をしている。
 彼女と僕は、破滅へのジェットコースターに乗り込み、後もどりできぬよう金属製ノッチのカタカタと軋(きし)む音を聞きながら、確実に上死点をめざしていた。必死に手を伸ばして、この空をつかもうとしている。

< 警視庁・広域犯罪合同捜査会議において >

 昨年10月23日、東京都世田谷区赤堤で発生した国外からの電話誘導による現金略奪、通称『振り込め詐欺』、および一連の事件の主犯格として、
本籍、神奈川県相模原市津久井町白石308番地
現住所、東京都渋谷区宇田川町31の6、櫻井(さくらい)みどり、28歳に対して、逮捕状を請求いたします。
 彼女は少数派を意図した『マイノリティー』なる特定非営利活動法人(NPO法人)を設立、合法的活動を装いながらも、広域指定暴力団を巧みに操り、略奪で得た資金を海外送金、幾重にも重ねた資金移動による浄化を繰り返し、再び日本の銀行口座、さきのNPO法人に集約、不法に得た多額の資金を外国為替相場での個人資産運用で得た利益、または個人献金として偽り、日本各地に点在する多くの児童養護施設に寄付、子どもたちへの待遇改善を要求し、実現させてきました。
 マスコミの取材にも応じ、現在では知名度の高い彼女を逮捕することは、社会的衝撃が予想されます。その社会的衝撃が一部の国民を扇動し、法治国家を揺るがす脅威へと変ぼうせぬよう情報統制が必要であり、時間を掛け、慎重を期した対応をすべきであります。

< 東洋の魔窟(まくつ)より >

 中華人民共和国、広東省に位置する広州駅裏側に、うらぶれた街、三元里が広がっている。その街は公安警察もうかつに手を出せない無法地帯。
その一角に陣取る朽ち果てた木造の家屋、雨露が凌(しの)げる程度の家屋には看板、『南国有限公司』と手書きで書かれた看板がしがみついていた。その奥には、かりそめの事務所なのか灰色の机がひとつ、その上には日本から持ち込まれた海外対応の携帯電話が23台、いずれも非合法的手段で入手した電話であり、電話の登録者から犯行が発覚する可能性はゼロに等しい。二人の日本人男性と三人の中国人女性が金塊を眺めるようなぎらついた視線を放射している。マスターと称する謎の女性からの指示を待っていた。
やがて、泣いた子どもをあやすような着信メロディー『カヴァレリア・ルスティカーナ』が鳴り響くと、その余韻を味わうことなく、応答せよ、とばかりに日本人男性の一人が折りたたみの携帯電話を開いた。
 どうやら、ジョヴァンニ・ヴェルガの描いた『田舎の騎士道』、極東の街までは、届きそうもない。

< メキシコ・プエルトヴァジャルタ、海辺の街より >

 櫻井(さくらい)みどりは、インターネット上での交友関係を現実社会として融合しているデジタルネイティブたち、彼らが主宰する人権救済フォーラムに参加していた。
彼女は、国籍を問わず参加した多くの人々の熱気あふれる会場にて、各国要人も注視するステージ中央に立ち、あらゆる世界における子どもたちの人権、とりわけ教育の均等、国境を越えた教育政策が必要だとする持論を展開し、一刻も早い対応、デジタルネイティブたちから各国政府への圧力増強を訴えた。
 子どもたちの未来のためならば、わたしは悪(あく)にでもなれる、と宣言をすると、会場を揺らすような歓声が轟(とどろ)き、拍手喝采(かっさい)を浴びた。

< 変身 >

 僕には、彼女にかけられた呪いなのか宿命なのか、よくわからないけれど、ある日、部屋の片隅で膝を抱え泣いている彼女を見たとき、ただ、抱きしめてあげたい、と思った。
彼女は、櫻井(さくらい)みどりは、人として生まれてきたのに虫けらのように扱われた子ども時代を過ごし、男どもの社会に屈せず戦い続けている。
彼女の崇高な思想は、この空に浮かぶ雲のようなもの。手段を選ばぬやり方、遠い異国の街で人生を朽ち果てていくような彼女の生き方には何故、という疑問が心のどこか、泉のようなところからとめどなく流れてくる。
 えたいの知れない深海から彼女を救うことができぬのならば、一緒に堕ちるところまで堕ちていくしかない。人として、ほんとうに必要な感情、慈愛が欠落し変形を引きおこすと、人とは言えない何かに変身していくのかもしれない。


『 番組の途中ですが、臨時ニュースが入りましたので、お伝えいたします。
メキシコ・プエルトヴァジャルタ空港から米国・ヒューストン行きのコンチネンタルエアライン、CO3078便がハイジャックされました。
犯人は東洋系の男女、二人の模様。彼らの要求および目的は、まだ、判明しておりません。』


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 うわぁっと更新が滞りがちだなぁと思いますが、ま、まぁ……、と言葉が続かず(^^;)。
昨年末、いつもたいへんお世話になっています『超短編小説会』のお祭りに参加させていただいたお話をアップしました。読みなおしてみますと、なんとも救いの無い内容だなぁと思いながらも、ま、いいか、ですね(^^;)。
Sany0168_s
 今週の月曜日、4月13日から再び出張、というか、またデトロイトに呼び戻されまして、うぅ、と言いながら仕事してます。水曜日までのミシガンは、どんよりとした曇り空、かなり寒くて、春の装いで来てしまった自分を後悔していたのですが、なにやら、神さまに声、苦情が届いたのか、木曜日からは晴天、心地良い春風が吹いてきました。近隣では、そばかすだらけの子どもたちが自転車で爆走しはじめています(笑)。自動車に気をつけてね!と願います。
 これからの季節、深緑が増えて、太陽光が強くなり、アスファルトに映る影の輪郭も徐々にくっきりとしてくるのかなぁ、で、夏がやって来る、のかなぁ、と感じています。
 ではでは、今回はこの辺で…… 




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冬のカンガルー

 子どもたちから絶大な人気を誇るアカカンガルー、クララちゃんが市の動物園を逃げ出してから、すでに二ヶ月が過ぎていました。
市職員や警察、消防署の懸命な捕獲作戦はことごとく失敗、でも、クララちゃんの行く先々、話題は事欠かないのです。

 派手なデビュー戦は、逃げ出した当日の出来事でした。
 その日、吉田町(よしだちょう)の郵便局へと刃物を持った強盗が押し入り、現金を略奪したあと、エンジンをかけたままの車へ乗り込もうと走りながら、散歩中のクララちゃんと出くわしたのです。
言葉を失った強盗は、およそ三秒間思考迷路をさまよったあと、ようやくわれにかえりクララちゃんを突き飛ばそうとしました。
  で、そのとき、クララちゃんの強烈なパンチがさく裂、そしてスローモーションのコマ送り、強盗の手から解き放たれた袋から、略奪された現金が桜満開、春ら んまんとばかりに、宙へと舞い上がり、強盗はもん絶しながら後方へと転倒していく、なんてしている間に郵便局の職員と居合わせたお客さんたちが息を切らし ながら強盗を捕らえました。
 クララちゃん、お手柄であります。でも、みんなが気づいたときには、クララちゃんは風のごとく姿を消していました。

 午後四時を過ぎて、街のあちこちに設置されたスピーカーから、市の公共放送が伝えられます。
今日の当番は、市立第三小学校、六年二組、小糸ちゃん。
 緊張しながらも、今日のお知らせ、クララちゃんの偉業をちょっと興奮しながらも、あどけない声で、自ら仕上げたニュースを朗読します。

『 本日、午後一時過ぎ、吉田町(よしだちょう)の郵便局へと強盗さんがやって来ました。
深い事情はあるかと思いますが、決して許されないことです。
でも、そんなわたしたちの気持ちをクララちゃんが代わりに答えてくれました。
クララちゃんが強盗さんを止めてくれたのです。
みなさん、もし、勇敢なクララちゃんを街のどこかで見かけたのなら、次のように呼んでもらいたいと、わたしは思います。
 パンチクララちゃん、と大きな声で呼んであげてください。』
 夕暮れ、たそがれ色に染められた街のあちこちから拍手喝采、子どもたちの歓声が聞こえてきたことは、いうまでもありません。

  *

 次の事件、いえいえ、クララちゃん騒動は強盗さんをパンチしてから二日後のことでした。
  街を見渡せる丘に建てられたしゃれた洋館、買い主が見つかり改装を始めたのは良かったのですが、そこはそれ、窓という窓に金属の板を貼(は)り付けたかと 思うと監視カメラを設置しはじめ、さながら要塞(ようさい)を思わせる風体が無言の圧力を街に暮らす人々へと放っていました。
 テレビで聞いたことのある暴力団がある日突然、わたしたちが暮らす平和な街へ転居しようとしているのです。反対すれば、どんな報復があるか、まったくわかりません。
街に暮らす人々の不安は募る一方です。
 事態は深刻の様相を呈しています。警察当局の中止勧告を無視して、暴力団幹部やトップたちへのご披露会なる催しが強行されたのです。
 黒光りした背広、こわもて、屈強な男たちが洋館への道路両脇、異国の軍隊みたいに整然と並び、業界最高幹部たちを乗せた黒塗りの高級車、ベンツやらジャガーの威嚇色の美を誇示しながら、低速走行していきました。
 その道を阻んだのが、いうまでもなく、クララちゃんだったのです。
 屈強な男たちの怒号や鳴り響く車のクラクションへと何ら怯(ひる)むことなく、待ちかまえるクララちゃん。
 法律の制約から、ことの成り行きを見守るしかない警察当局も、想定外の展開、何故か知らないけれど、心臓の鼓動が早まり、高揚しつつあるのです。
 唐突にクララちゃんは暴力団幹部の乗った車へと飛び乗り、最高幹部の目の前で、こともあろうか、粗相をしたのです。
 軍隊の如く整列していた屈強な男たちは怒号をあげながら乱れ、クララちゃんを追いかけ始めたのです。なかには拳銃やらドス、そんな物騒なものをだしながら、クララちゃんを追いかけました。
 そして監視していた警察当局が総動員で介入、銃砲刀剣類所持等取締法違反で組員やら幹部たちを一斉摘発、丘のうえの要塞(ようさい)設立は、頓挫したのでした。

 午後四時を過ぎて、街のあちこちに設置されたスピーカーから、市の公共放送が伝えられます。
今日の当番は、市立第三小学校、六年二組、小鉄くん。
 緊張しながらも、今日のお知らせ、クララちゃんの偉業をちょっと興奮しながらも、あどけない声で、自ら仕上げたニュースを朗読します。

『 本日、午前十時ごろ、丘のうえの建物へ引っ越そうとしていたヤクザさんが警察さんに誘われて、やめたそうです。クララちゃんが説得したのです。
みなさん、もし、勇敢なクララちゃんを街のどこかで見かけたのなら、次のように呼んでもらいたいと、ぼくはは思います。
 ファイトクララちゃん、と大きな声で呼んであげてください。』
 二度目でほんとうに申し訳ないのですが……
 夕暮れ、たそがれ色に染められた街のあちこちから拍手喝采、子どもたちの歓声が聞こえてきたことは、いうまでもありません。


 市立第三小学校、六年二組の担任である桂木仁美さんは、ある日を境に給食がまったく残らなくなったこと、不思議には感じ始めていたのですが、ま、良いことだから、と自分に言い聞かせ、日々の業務に埋没していました。
 本日の日課がすべて終わり、帰りのホームルームの時間、桂木先生は、六年二組、クラス全員を見渡しながら話します。
 「 クララちゃんのことなんですが……」
学級委員である小糸ちゃんは、指先をまっすぐ伸ばした手を上げながら訂正を求めました。
「パンチクララちゃんです! 」
窓際の席に座る小鉄くんは、何か言いたげな表情を隠せません。

 ちょっと動揺しながらも桂木仁美先生は話を続けます。
 「もし、もしもですよ。クララちゃんを見かけたのなら、近くの大人たちに知らせてください。

 何故かわかりますか。

 人間社会を理解していないクララちゃんをこのまま自由にしても、国道や県道を走る自動車にはねられて、大きなケガとか、場合によっては死んでしまうからです。
 そうなる前に、先生は、わたしは、クララちゃんには家、暖かい動物園に帰ってもらいたいと思うのです 」


 教室西側、窓ガラスの外、給食時間を待ちわびるクララちゃんの両耳が左右にそっと動いています。
 気づいていないのは桂木仁美先生、ただひとり、市立第三小学校、六年二組の秘密であることは、いうまでもありませんよね。
 

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紫陽花

 雨はやみそうもない。

 学校の帰り道、わたしは駄菓子屋に寄り『うまい棒』を買いあさる。
コーンポタージュ味がベスト。好きなものはやめられない。
軒先で雨をしのぎながらビニール袋を破ってガブリ、ザラリとした甘辛味が拡がる。
そこへ傘をさしたタクヤくんが通りかかりわたしをとがめる。

 「いけないんだぁ。1本ちょうだい」と言って5本も持って行く。
あぁっと思いながらも、まぁいいか。
 小さな二人が並んで雨を眺めてる。雨音がトタンを打ち鳴らす。何故かわたしの鼓動も呼応する。

 あどけないときめきを、うす紅色の紫陽花だけが気づいてた。

 それから、時間は驚異的な速度で二人の間を駈け抜けていく。

太陽と月は5110回大空を駈け上がり、沈んだ。

白い雲は音速で青空を占拠したかと思うと真夏の入道雲となって蒸発した。
わたしとタクヤくんといえば駈け抜けていく季節の中、不自然なコマ送りの世界で生きていた。
無音のロードショーは色褪せながらも時間にブレーキを掛けている。

 雨はやみそうもない。

 駄菓子屋は取り壊され、知らない誰かさんの家となっていた。
天使の悪戯なのかわたしとタクヤくんは互いに傘をさし、すれ違う。

知らない街で知らない大人になったわたしとタクヤくんが駄菓子屋があったであろう家の前ですれ違う。
わたしたちの記憶の光は遠い星のきらめきに似てあまりにも弱い。

どこか遠くで降りしきる雨、無音の雨を想い浮かべながらわたしとタクヤくんはすれ違う。

 あどけないときめきを、うす紅色の紫陽花だけが覚えている。

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月を眺めてるウサギ

 

 めちゃくちゃ寒い朝方、滝に打たれるような思いでタバコを吸いに行くと、
ウサギが月を眺めてるよ。毎朝見かけてる。

 驚いた。

 すぐ逃げちゃうけどね。
Sany0517

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日々徒然なり


 日々徒然なり

 七色の虹が、高い、高い空に現れると、宮城県気仙沼に暮らす小学生、小糸ちゃんはソプラノ笛を奏でる。
きれいな空色への高揚と感謝が混ざりあって、まぁ、この空へ届けばいいなぁ、なんて気分で笛を吹く。
学校の帰り道で、赤いランドセル、背中越しの手探りでソプラノ笛を探し、雨上がりの青空、輝く七色の虹を見つめながら、つたないメロディを奏でる。
 海辺の街並みへと流れる南風、透きとおるメロディが青空への階段を駆け上がり、どこか遠くの大人たちが失われた記憶を、指紋の消えた指先で探しはじめる。

 小糸ちゃんはいつも考えている。
この広い世界のなかで、あたしは気仙沼に暮らして、目にはみえないけれどたくさんの希望や力で暮らすことができている。
日本に生まれて、日本人であって、そんでもって七色の虹を見ることができるのだ。

 ときおり、お父さんとお母さんはテレビのニュースを真剣な面持ちで見たあと、世界で起きていることについて、お話をしてくれる。

 中央アフリカ、ルワンダ出身のイマキュレー・イリバキザさん、近所の人たちが、それまで笑顔で接していた大人たちが、ある日突然、悪魔になり、殺し合いを始めたという。
  人種やら民族の違いのことは、さっぱりわからなかったけれど、女子大生だったイリバキザさんの知らないところで、音もなく進行していた反乱は、100日足 らずで百万人の尊い命を奪いました。イリバキザさんの父は銃殺され、母は近所の通りで切り刻まれ、弟は手榴弾で爆殺されました。埋葬されていない兄の遺体 は、胴体しかありませんでした。
 絶望的な理不尽さのなかで、胸を引き裂かれるような憎しみのなかで、イリバキザさんは自分の生きることの意味、生かされたことを必死に、苦しみながら考えました。

 暗い闇を見つめるべきか、明るい光を探し続けるべきか。どちらを見つめるべきか、イリバキザさんは世界中の人たちに問いかけています。

 よくわからないけれど、あたしのできることはソプラノ笛を奏でること。
どこか遠くの世界まで、風にソプラノ笛のあどけないメロディをのせて、東京、北京、インドネシア、ルワンダ、イスラエル、ガザ、ニューヨーク、パリ、ロンドンまで届くといいなぁ。

 世界中の街から、子どもたちの笛の音が聞こえてきたのなら、大人たちは静かに耳を澄まして、聞いてほしいと思う。



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ふーちゃん

 ふーちゃんとあたしは幼稚園から一緒で、小学二年生まで同じ教室に通う友だちだった。
クラスみんなで三十二人、ふーちゃんとあたしが一番小さい、そう、チビだったのだ。
でも、よくはしゃいだりするので、笑う声は大きかった。今でも想い出せるくらいの声で笑っていた。
名前は忘れちゃったけれど、先生は男の人で、国語の時間には童話や昔話をよく読んでくれた。先生のお話はスペシャル、登場人物をクラスのみんなの名前に置き換えてお話を読む。だから夢中になって聞いていた。
グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』、ホントはお兄さんと妹なんだけれども、そこはスペシャル、あたしがヘンゼルでお姉さん、そしてふーちゃんがグレーテルになり、物語の森を探検してお菓子の家を見つける。チロルチョコで出来た机、ドアノブは大きなボタンアメ、井戸をくみ上げるとオレンジジュースが出てきた。はしゃぎすぎたのか、ふーちゃんとあたしは魔女につかまり、必死に戦う。そして魔女をやっつけて家に帰る。
ドキドキしながらもラストで安心、なんて思うとチャイムがなっておしまい。
その日、ふーちゃんとあたしは姉妹の気分、だから手をつないで家に帰った。

「今日、遊べる?」
「うん、遊べるよ」
学校の帰り道に話は決まる。
あたしは、家に帰るとランドセルを放り投げるように置いたかと思うと、すぐさま自転車に乗ってふーちゃんの家へと向かう。ふーちゃんの家は三軒が連なる借家の真ん中で、やさしいお母さんと身体のすごく大きいお父さん、三人暮らし。そして児童公園が目の前にあり、その公園はぐるりと松林に囲まれていた。
松林を抜けるとすぐに白い防波堤があり駆け上がると蒼い駿河湾が見渡せる。だから風の音と波の音がいつでも聞こえた。
カモメが飛びかう青空の下、あちこちから聞こえる歓声、ふーちゃんとあたし、思いっきり遊ぶのが毎日のきまりごとだった。

 でも、ふーちゃんとの別れは、さぁっと打ちよせる波のごとく、ふいに訪れる。
工場で働いているふーちゃんのお父さんが機械にはさまれて大ケガをしたのだ。大きな病院へ入院するとかで、バタバタとふーちゃんは転校することになった。あたしは、どうしてもふーちゃんと遊びたくて、わるいかなぁと幼心に考えながらも声を掛けた。
「うん、遊べるよ」と言ってくれたとき、すごくうれしかった。
いつもの児童公園であたしが何故か鬼の役。あたしがふーちゃんを必死に追いかける。ふーちゃんは、きゃぁきゃぁと黄色い声を出し、戯けながら逃げていく。
ふーちゃんのお母さんが来て、何かを言い終えるとふーちゃんは荷物を満載したトラックに乗せられた。
車の窓ガラスに顔を押しつけて、ふーちゃんが何かを言っている。
あたしは『鬼』だから、ふーちゃんをつかまえるために追いかける。
でも、ふーちゃんを乗せたトラックは止まらなくて、どんどん遠ざかり小さくなっていく。
あたしは何度もころび、何度も立ち上がり、ずっとずっと追いかける。やがて、あたしから見える世界のすべてが涙でにじんだ。

 あれから、十四年が過ぎて大人になったあたしは東京で独り暮らし。
恋人もいないし浮いた話もまったくない。だから実家に帰省してお正月を過ごす。
元旦の午後、玄関横のポストへ見にいくと、輪ゴムで括られた年賀状が来ていた。大半がお父さんとお母さん宛だ。あたしの友だちはメールばかり。あたし宛の年賀状といえば、いろんなお店からで、少しがっかり。
 ところが形勢逆転、ふーちゃんからの年賀状を発見。小さな文字でびっしりと書かれていた。 
 あたしは夢中になって読む。
ふーちゃんのお父さんは事故のあと、大きな病院で何度も手術をしたけれど、亡くなった。その後、ふーちゃんはお母さんと二人暮らし、癒えることのない心の傷から逃げたり、叫んだりしながら生きていたようだ。同じ空の下、ふーちゃんとあたしは同じ年月をかけて大人になり、たくさんのものを得た。そしてたくさんの、大切なことも失っていたのだ。

 不思議だ。一行、読み終えて、また一行読み進めるたびに身体が小さくなっていく。
気づくと、あたしは小学二年生の、ふーちゃんと遊ぶことを夢見るあたしに戻っていた。
そして、あたしは『鬼』のままなんだと気づいた。
ふーちゃんめ、今度は絶対に逃がさない。地球の端だろうとも追いかけてやる。
だから、心して待ってなさいよ!

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あけましておめでとうございます。
この路線も、拡げていきたいですね。
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